昔、サブカルは人脈だった。ブライダルPA現場から音楽レーベル経営者になるまで|前田紗希
見つけてくださってありがとうございます✨
スタジオイオタ代表の前田紗希です。
普段はドラムを叩いたり、ブライダルBGMを開発したりしているのですが、
今回は、20代の副業が30代の経営資源になるまでの話をしようと思います。
結論から言うと、「音楽で食えないからバイトしてるんでしょ」と言われました。
作曲家、ドラマー、鍵盤奏者、RECエンジニア、音楽心理士。
国立音楽大学作曲科卒業。のちに一般大学で心理学の学位を取得。
25リットルのリュックとドラムスティックを携えて世界一周そののち、旅・音楽・食を融合させるレコード会社「studio iota LLC.」を設立。
2023年には「Gwangju Busking World Cup(韓国)」「Tainan City Music Festival(台湾)」「GLUC Fest(台湾)」に出演。2025年には「Karneval der Kulturen(ドイツ)」にドラマーとして出演。
演奏活動の傍ら、レコード会社経営・BGMライブラリー開発・ブライダルBGM原盤制作と配信・ISUM対応音源の提供・音楽療法・メディア運営・キューバ音楽のフェアトレードなど、現在9つの事業を展開している。
オウンドメディア4誌の編集長で「車中泊」コンテンツなど数々のSEO1位を生み出す。

土日だけ集まる、自由な人たちがいた
大学卒業と同時に、飛行機に乗れなくなった。
重度のパニック障害だった。
演奏の専業プロになる(メジャーデビュー)一歩手前で、4年半のブランクを余儀なくされた。
「このまま孤独に大人になっていいの?」と焦る日々の中で、
それでも音楽の周辺にいたくて就いた仕事が、ブライダルの音響現場だった。
不安定な音楽業界で生きていくなら、冠婚葬祭は無くならないだろう。
どうせなら、笑顔が溢れる職場がいい。
絶望の中で選んだ理由にしては、地味だけど、それが本音だった。

実際に行ってみたら、そこには土日だけ集まる自由な人たちがいた。
音楽好き、旅好き、海外志向、サブカル好き。
最初はおっかなびっくり参加していた仕事終わりの飲みが、
気づいたら突然旅行が決まっていたり、ライブに行ったり、人生の話をする場所になっていた。
長距離の乗り物が怖かった私に、仲間が付き合ってくれた。
特急電車、夜行バスに国内便。
一緒に乗る練習を重ねて、
沖縄旅行に行けた日のことは今も忘れない。

与那国島/右サーモンピンク
そして4ヶ国語が喋れる旅の先輩に「音楽家なら日本にだけ居てはダメですよ。一緒に来ますか?」と言われて、
スペインまで追いかけた。
そのままロンドンで演奏した。
仕事からカルチャーが生まれ、カルチャーが人生を動かした。

ロンドンのライブハウス/中央の縞シャツ
15年経った今でも交流が続いている人が、何人もいる。
あの頃のブライダルPA現場は、報酬以上のものがあった。
15年後、同じ現場でこう言われた
やりたい と 求められる の、交差点
独立からのブランクを経て、現在またお声がけいただき、スポットでその会社の音響現場に入ることがある。
自社で開発したブライダルBGMが実際の結婚式でどう使われているか確認したいし、現場の最新感覚は持っていたい。
法人として最高額ランクで請け負えるから、次回作の制作費にもなる。
そういうキッカケで、たまに現場に立っている。
で、同い年くらいのスタッフにこう言われた。
「音楽で食えないから、バイトしてるんでしょ?」
…そう見えるよね、まあ。
全然違うんだけど、なんか、うまく言葉が出てこなかった。

なんていうか、同じ景色を見ていない人に説明するのって、むずかしい。
ちょっとだけ、しょんぼりした。
音響マンとして、これくらい仲良かった!笑
自分にとって心地よいワーク〈ライク〉バランス
そもそもなんであの頃の現場がよかったのか、少し考えてみた。
2000年代~2010年代前半のブライダル業界は、今振り返ると音楽家にとってかなり合理的な副業だった。
土日中心、本番主義、音響スキルが直接使える、需要が安定している。
ライブハウスのPAかブライダルPAを兼業している演奏家が、当時は本当に多かった。

ベルリン・フィルハーモニー・コンサートホール
しかもあの時代は、SNSも今ほど強くなく、「副業」という言葉も一般的ではなく、
フリーランスという生き方も今ほど市民権がなかったはず。
(ムック本に頼らなくてはならないの)
だから、ピアノの先生、映像屋、デザイナー、現役音大生、研究者の卵、バックパッカー、海外青年協力隊みたいな人たちが、週末のブライダル現場を接点にしていた。
今でいうコワーキングスペースとも違うし、オンラインコミュニティとも違う。
冗談みたいだけれど、かなり独特な文化だったと思う。
(ちなみにブライダル業界は2000年代にハウスウェディングが本格化して成長期に入っており、「おもてなし婚」と呼ばれる演出重視のスタイルが流行した2010年代前半までは、現場数も活気もあった。)
土日の現場で仲間ができて、旅行へ行って、世界が広がって、海外演奏につながる。
時給以上のリターンが、たしかにあった。
フェーズが移動すると、意味も変わる
そしてそれは今もゼロにはなっていないのだけど、正直、以前ほど刺激を感じないのも本当だ。
パニック障害で閉じていた世界を、現場の人たちが少しずつ広げてくれた。
私にとって、あそこは「境界を広げてもらった場所」だった。

飛行機に乗れなかったな
今の場所はすこし違う。
音楽テックやスタートアップの人たちと話したり、スマートシューズの会社の社長とバンドを組んだり(軽音部の後輩なのだ。なんかすごい人になってた)、海外フェスでドラムを叩いたり。
気づいたら、年齢とキャリアを重ねるとともに自分が「境界を作る側」に移行していたのかもしれない。
当時はブライダルのクリエイティブカンパニーの周辺に人が集まっていた。
今は、studio iotaを経営しているからこそ、曲がりなりにも人と出会えている。

韓国・光州のライブ/後列ピンクブルゾン
昔の場所にしがみついているのか、という葛藤
正直に言うと、今も現場に入るたびに「昔の場所にしがみついているんじゃないか」とちょっと思う。
でも考えてみると、
✔︎自社BGMが実際の現場でどう鳴っているか確認できるし、
✔︎一緒に働いているプロデューサーとはポッドキャストも一緒にやっているし、
✔︎法人として入っているから制作費にもなる。
それに最近は、迎賓やプロフィールムービーで私たちのBGMを選んでくださる方も増えてきた。
音響卓の片隅で、こっそり舞い上がっている。
わたしたちですよーー!!
って。
ぜんぶ、ちゃっかり今につながってる。
しがみついているのか、使い続けているのか。
外から見たら同じかもしれないけど、自分の中では全然違う感覚だ。
あの頃の現場が出発点だったとしたら、それで十分だと思っている。
ポッドキャスト番組のカバーアート、おしゃれすぎる。
こちらもブライダルのクリエイティブカンパニーのデザイナーさん作です。
ポッドキャストでトーク番組をお送りしています🎙️
🎧 アーバンメロディーズ・ウェディングラジオ
「結婚式にセンスをひとさじ」をテーマに、音楽と空間づくりについて語り合う番組です。
副業は、使い方が変わるだけで終わらない
20代の副業が30代の経営資源になるとは、当時思っていなかった。
あの頃の絶望の中にいた私が求めていたのは、心から音楽の近くにいたい。
笑顔のある場所にいたい。世界を広げたい。
その全部を、ブライダルの現場は叶えてくれた。
だから、「笑顔が溢れる職場がいい」という動機は、ブライダルBGMを開発している今も変わっていない。

那覇ツアーの帰り、竹富島/左ワンピ
昔、サブカルは人脈だった。
仕事終わりの飲みも、突然決まった旅も、ライブも、人生の話も。
今は、その地図の上に立って、次の地図を描いている。
飛行機が怖かった人間が、海外フェスでドラムを叩けるようになったのだから、案外なんとでもなるものだ。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
あなたの結婚式が、もっと自由に、もっとあなたらしく輝くものになりますように。
それではまた!
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